伊勢志摩 真珠体験 | 里海泊事業推進協議会

伊勢志摩の真珠

世界最古の宝石「真珠」

他の宝石とちがい、研磨やカットの必要のない真珠は”世界最古の宝石”と呼ばれており、その存在は聖書をはじめ、世界各地の古い文献にも登場します。しかしながら、真珠が時の権力者たちに愛される一方で、その収集にはインドや南米にて多大な犠牲が払われてきた歴史もあります。真珠養殖技術の開発は、このような非人道的な採集方法を衰退させる一方で、誰もが真珠を楽しめる普遍性をもたらした功績があります。

 

人類の偉業、養殖真珠の誕生

三重県鳥羽に生まれた御木本幸吉は、海女が採取していた天然真珠に興味を持ち、「何とか人工的に養殖できないだろうか?」と考えました。志摩の英虞湾では、1888年(明治21年)頃から御木本や小川小太郎により真珠を育むアコヤ貝の増殖が始まり、5年にわたる試行錯誤のすえ、1893年(明治26年)に鳥羽の相島で数個の殻付真珠の生産に成功。貝殻の内側に貼りついた珠を採取するため半球形でしたが、真珠養殖の大きな一歩となりました。1907年(明治40年)には、見瀬辰平・西川藤吉らが真円真珠の養殖方法の特許を申請し、現在の真珠養殖の基本的な技術が確立され、その時から世界中で愛される「丸い真珠」の生産が本格化したのです。

 

伊勢志摩から世界へ

養殖産業の発展とともに、伊勢志摩では他の地区にはない真珠産業構造が発達しました。それは養殖・加工から輸出業まで網羅した、他の地域では見られない構造となっており、養殖真珠発祥の地である伝統とブランドを持った真珠関連業者が多数存在しています。2017年現在、三重県内の養殖業者は約300社で、生産量は1,146貫(約4,300kg)。真珠光沢が最大となる冬場にアコヤ真珠は浜揚げされ、各地区で入札が行われます。毎年12月には、県下の養殖業者が参加する真珠の品質評価会が開催され、各業者が無差別に100個の貝から取り出した真珠の品質(球形率・色・マキ・テリ・傷等)を競い合い、優勝者には県知事賞が贈呈されるなど、養殖業者間の切磋琢磨の機会を設けています。加工や流通業者は約150社に上ると言われており、各組合で製品入札会が毎月開催され、他の地域以上に活発な取引が行われています。プロによって吟味された真珠が、国内だけではなく海外市場へも送り出され、世界のアコヤ真珠の市場価格がこの地で決められていると言っても過言ではありません。三重県は2018年に「真珠振興計画」を発表し、後継者の育成や研究開発に力を注いでおり、また、国立研究開発法人水産研究・教育機構の増殖研究所をこの地域に設置して、日々のデータ収集や養殖業の技術開発を支援しています。

 

真珠筏が浮かぶ海

アコヤ真珠が養殖されている伊勢志摩国立公園は、沿岸部が複雑に入り組んだリアス式海岸で、優美な景色を見せています。また、真珠の養殖筏、海女の姿、伊勢神宮などの悠久の歴史を有する人文的景色が彩りを添え、自然の造った美しさと、人間が造った歴史文化の融合した景観が見られます。その美しい海を舞台に、真珠養殖はその過程に応じていくつかの条件の異なる漁場が必要となり、核入れ後、養生を行ったアコヤ貝が体内の真珠を育てる大事な養成期は、水温が13℃以上でプランクトンが豊富であり、潮の流れがよく、波が穏やかであることが必要です。貝の表面に付着したフジツボなどを取り除く「貝そうじ」や、水温・赤潮などに細心の注意を払いながら管理しなければなりません。志摩で生まれ育った真珠養殖技術は、さまざまな国と地域に伝播し、各地の産業発展に寄与しています。

 

自然を敬う気持ち

志摩市阿児町賢島の丸山公園には、真珠を生み出すために命を落とした真珠貝を供養する真珠貝供養塔が建立され、毎年10月22日には全国から真珠の養殖や流通に関わる人々が集まり、真珠貝の供養祭が執り行われています。真珠は真珠貝の体内でつくられる宝石ですが、真珠を取り出すことで貝はその命を終えることになります。真珠の美しさの影に真珠貝の命があることを忘れてはいけません。

 

人と自然が共生する「里海」

志摩市は、8世紀に編纂された万葉集で、神々の食材を生産する地域であることを意味する「御食国(みけつくに)」と呼ばれています。
志摩に暮らす人々は、その豊かな海を大切にし、海と人とが共生する「里海」の暮らしを営んできました。そして真珠の養殖が行われている志摩市では、この豊かな里海の暮らしを未来に継承していくために、国連で採択された「持続可能な開発目標(SDGs)」を全国に先駆けてまちづくりに取り入れ、干潟や藻場の再生など、豊かな自然環境の保全を図りながら、その恵みを活かした産業や伝統文化の振興に取り組んでいます。「里海」は、世界が求める持続可能な社会のモデルのひとつなのです。